行楽の秋ですね。先日、連休を利用して、叔父のいる椎葉村というところに行ってきました。
椎葉村は九州山地の奥深く、宮崎県と熊本県の境に位置する村落で、その昔、壇ノ浦の戦いに敗れた平家の残党の一部が命からがら逃げのび移り住んだ土地と言われ、平家を追ってきた源氏の使いと平家の鶴富姫(つるとみひめ)との、ならぬ悲恋の物語は有名です。
今回は、椎葉村の見どころのひとつ、上椎葉ダムに立ち寄ってきました。
上椎葉ダムは日本初の大規模アーチ型ダムで、その建設には1950年から5年の歳月と、当時としては超破格の総工費130億円、のべ500万人の工事従事者を必要としたそうです。戦後荒廃した国土の復興のために産業の復興発展が重要となり、こうした観点から九州内では北九州工業地帯への電力の供給が重要視され、当時の九州電力が社運をかけて取り組んだ一大プロジェクトで建設されたダムです。今では道路も整備され、近隣の市町村へのアクセスも容易ですが、その当時は道路もそして建設技術も現在とはほど遠い状態だったはずで、規模の大きさや立地面と併せて、その工事が恐ろしく難航しただろうということはすぐに想像できます。このダムの工事での犠牲者は105名。そしてダム湖に沈んだ民家数73軒。ダムの傍には犠牲者の慰霊碑として、三体の女神像が建立されています。
静かな山間に不似合いなぐらいのダムの景観。その湖面には、今はただ紅葉間近な椎葉の山々が映し出されているだけでしたが、今の日本の繁栄にはこうした計り知れない先輩方の努力がしっかりとした土台となっているんだなぁということを思い知らされた秋の一日でした。
(山本)









